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平敷屋エイサー保存会

ハントー(酒ガメ)持ち |
平敷屋エイサーについては、別項にも記されているとおり、昔から受け継がれ守られてきたものであるが、先輩たちの目からみると厳しく、とくに太鼓打ちの形は
「昔のままの形が見られなくなりつつある」
というのが一致した意見である。
そこで昔のよさを大切にしていきたいということが「平敷屋エイサー保存会」組織の主な理由であり、考え方である。即ち、 |
「私たちによいエイサーを残してくれた昔の人たちへの感謝の気持ちを忘れずに、郷土の芸能文化を大切にしていきたい。そして自分たちの郷土の伝統を知り、時代に合わせた工夫をしていく流行を追うよりも伝統を追う(守る)ことの方が、これからも一番大切だと思う」
ということなどから
「永い伝統を持っている平敷屋エイサー娯楽の向上に寄与しよう」と、昭和五十八年三月一日同保存会の組織準備委員会を開き、同年七月九日「平敷屋エイサー保存会」を結成。初代会長に徳村春昌氏(町農協長)を選出して発足した。
発足以来、同保存会では永い伝統を持つ平敷屋エイサーを正しく保存するため、青年エイサー(満二十五歳まで)を終えた経験者たちの入会を望んでいる。そして会の目的であるエイサー娯楽の向上に努めるため、毎年発表会を催し、とくに町主催の文化祭にも出場し、東西エイサーのよさを披露するなど、他団体との交流を図るほか、会員相互の親睦を密にしている。因みに現存の会員はおよそ五十人である。
会の運営資金は区からの補助金、寄付金、その他の収益金などを以て行うことになっている。
同保存会では、昭和六十年(一九八五年)五月十一日、第四回大韓民国平和統一文化祭同月十九日第十九回アジア平和芸術祭ヘ
エイサー保存会員十九人が沖縄芸能使節として参加し、好評を博し、文化交流の目的を十分果した実績を持っている。
なお同保存会は、平成七年(一九九五年)十一月八日、那覇市内で行われた文化協会主催による表彰式典において、地域の伝統文化、芸術文化の向上に尽くした団体表彰で、とくに保存会結成以来、永い伝統を持ち各種の発表会で披露するなどして平敷屋エイサーの保存継承に努めた実績が認められ表彰されている。
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