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【平敷屋大蛸綱引きとその起源】 【縄打ち】 【綱引きの小道具と役割】 【綱引き場の状況】 |
「綱打ち」 大綱を絢うことを綱打(ちなう)っんといい、綱引き季節が追ってくると村 内はざわめいてくる。 いよいよ旧暦六月十三日、青年団の触太鼓が 打鳴らされ、「村の十五歳から二十五歳までの男子は明日綱造りの 夫一労役一に出よ」という触れである。 明くる日は早朝から藁(わら)の仕 入れのため、西束の青年団は大わらはである。先を競って近郊の 村々平安名、屋慶名、南風原あるいは遠く且一志川まで奔走した。 仕 入れた藁は直ちに綱打ち現場に搬入された。西は馬場(うまうい)に、東は旧番 所跡西側の徳平のウスクの下一現拝所前の道路を北へ突き当たり一 に藁がうずたかく積まれた。 その現場では先輩たちが去年の古綱を とり繕いながら藁の到着を待っていた。現場からは軽快な鉦鼓の音 や銅鍵鉦、太鼓の音が響いていた。 その音に肝わくわくして家で 暢然(のんびり)食事もしておれず飛び出してくるもの、現場でないと落ちっか ないもの、とにかく綱造り現場は一種独得の雰囲気を醸し出し、心 は浮きうきして楽しい中にも緊張が脹(みなぎり)り村は綱一色の風物に包ま れていた。 さて持ち込まれた藁は先ず枯れ葉を取り除き、藁シベを取り揃え ることから始まる。 この作業程人海戦術の効果が大きいものはない。 若い衆の手作業は瞬く間に藁シベの山を築き(戦後この作業は主と して女性や長寿クラブ会員の御協力を仰いでいる一綱の原料はでき あがった。その時点で屈強の青年たちが数カ所に分かれて「綱打ち」 の準備にとりかかる。 先ず高さ約二、五米の大木の枝か櫓を組んで そこへ細縄を渡して垂れさげ、その下の三方に原料の藁束を持ち込 んで綱打の準備は整う。 いよいよ綱打が始まる。威勢の良い若者三
人が垂れ下がった縄を中心にして内側に向い、綱を解いて三等分し、 ねじ それに持ち込まれた足下の藁を少量加えて各々十分に振り脇を固め
て捻りながら左手に持ちかえ、それを左の者の前に押し出す。左の 者は右手でそれを受け取り、捻るようにして左手に持ちかえながら それを左に押し出す。 三人が同様、流れるような動作を延々と繰り 返すのである。それには三人の呼吸がピッタリ合わなければならず 必然的に威勢のよい掛け声が発せられ、調和が生まれた。 それは恰 も風車が回るようにスピーディーである。 藁が短くなると継ぎ足し、 同様の動作を繰りかえす。基綱の太さに達すると均等に絢いあげる。 こうして打ち上がった綱は硬く引き締まった綱に仕上がった。この 時ほど頼母しい「綱打っちゃ」と褒められ人生意気に感じたことはない。 愈々綱が打ちあがったところで本綱造りに取りかかる。本綱造り 程見事な手際よさはない。各々勝手に動き出し、示し合わせたかの ように数人のグループに分かれ、喜々として励む。 綱を持ち運ぶグ ループ、幾本もの綱を束ねて木槌で打ち締め胴を仕上げるグループ、 手綱(ていんな)の取り付けと長さを測るのに余念のないグループ、カニチ綱を 巻き込むグループ、こうして大蛸綱は能率よく仕上がっていった。 最後に全員で異状の有無を点検し、ササクレた藁等を鎌できれいに 刈り取り完了。 あとは午後の本番を待つだけである。 各人家に帰りその日のため の滋養食を十分に摂り、休養して出陣に備えた。
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