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【平敷屋大蛸綱引きとその起源】 【縄打ち】 【綱引きの小道具と役割】 【綱引き場の状況】 |
綱引き場の状況
両陣営の大蛸綱が平敷屋ま-へ堂々入場するや綱のうねりが大き く勢いを増し、詰め掛けた近郷の観衆をも奮い立たせた。 先に入った綱上には数名の配下を従えた若按司姿も凛々しい若衆 一少年一が兜を被り、きりっと緒を締め東を象徴する「剣」を八双 に構え威風堂々の行進をすれば、続いて西の綱上には、これまた数 名の配下を擁する紅型衣装も艶やかな姫姿(あでひめ)の初々しい若衆一女装の 少年一が西を象徴する「薙刀」を頭上高く真横に構え、キッと前面 を見据えた姿は冒し難い気品と威厳にみち、この綱ひきを一層引き 立てた。 こうして示威行進の続く場内は鳴響と指笛で喧騒を極め、興奮冷 めやらぬ男たちはそれに飽き足らず陣内に綱を置くが早いか直ちに 「ヤーサイ」を挑んだ。双方とも負けじと広場の中央で激しくぶつ かり合う。「ケレレンケンケンケレレンケンケン」と早撃ちの鉦鼓 がけたたましく鳴り響き、それに会わせるかのように「サッサッサ」 の掛け声も勇ましく「ヤーサイ」は渦巻きながら外へと押しながさ れる。激しいぶつかり合いの熱気は場内外を包んだ。 その脇では男衆に劣らぬ西東の女たちが綱引き歌を歌いながら、 地を踏み鳴らして牽制しあう。やがて昂奮した女たちは「ヤーサイ」 を繰り展げていた。 綱引ち歌 綱引き場では、東西の婦女丁たちが相対時して、次のような互いに罵り合いの歌を唄いながら乱舞する。 一 今日やわった島ぬ 綱引でもぬ 西東(いりあがりぬ)二才達(にーせーたー)ちばてくいりよ 一 かりゆしぬ綱よキッチャキ、ヒッチャキねんごとうに 今日ぬ綱引ち しまちたぼり 一 綱引ちになりば 朝から肝(ちむ)んワサワサとう 六月真夏(まなち)ぬ暑(あち)さんウツトゥバスンドヤ 一 綱引きに出(ん)じてい綱持たん人や わった島ぬ人やあらん追い出ざさりんど 一 平敷屋ぬタク綱や音から美(つ)ら綱ど 西東ぬアングワ達(た-) 舞(も)いぬ美(つ)らさ ま 一 東(西)ぬ美(きよ)ら若衆(わかしう)負かちくよ美ら若衆 今年綱負かち嬉(うり)ささびら 一 引ち来ら引ちく 寄てい来らゆていくう 島ぬ真中や 行逢どこる 一 東( 西 )ぬ若衆ぬ衣や大島ウーぬ黒ヤンザイ 東( 西 )若衆ぬ衣や アカラフタラ 一 東( 西 )若衆ぬンバイヒイライ米やニリガサカザ 東( 西 )若衆ぬンバイ米ぬなかぐ 一 東ぬ二才小達や上原屋かい嬢喰えが 鯵喰てい来るえまや綱け負きてい 一 東( 西 )ぬ狭い道やギチチぬ花臭さ 東( 西 )ぬ人道や蘭ぬ花香さ 一 東( 西 )ぬ嫁なとていひじぐわ芋掘らいか 東(西)嫁なとてい大芋掘らな 一 綱ん勝ち負かち舞いん勝ち負かち 後る軽がるとう戻る嬉さ 一 綱や負きたしがヤーサイモーやまかちゃんど 互にかながなとう戻る嬉さ 一 綱引かんまどうやあんかなさやしが あねる綱引ちょていわ肝かわてぃ 肝変わてい 呉ゆな東( 西 )なーらびた (以上、東門マサ子さんと西野ハルさんの提供による) 一 東( 西 )嫁なとて東( 西 )ぬが勢しゆーや あとんかいこんながらち泥水くんのませ 一 東( 西 )にいせー小達や手じくんばんしど習る 東(西)二才小達や踊り習い 一 綱や負けてん 舞いる可笑さやイヤッサ、イヤッサ 一 東( 西 )アン小たや仕事しみれ- にいぶいダラダラ男見しれ ヘンサー小さみ飛ばし小さみ (以上、村誌から抜粋) 庭の男衆の激しいヤーサイは止むことを知らず渦潮の如く起こっ ては崩れ、崩れてはまた繰り返す。今や場内は興奮の堆.塙と化し、 やがて気運も最高潮に達したころ、長老格の松明持ちたちが優劣の つかない双方の中央に松明をふりおろすと、ようやく双方とも退き はじめ、それを合図に鉦鼓も銅鐸も緩やかなテンポにかわり、いよ いよ綱引きに移るのである。 機も熟し、サアーの掛け声と共に蛸綱 が高だかと持ちあがり、所定の位置まで寄せ合う。 「ユシレーユシうレー」の掛け声で寄せ合うが仲々甘くいかない。漸く寄せ合ったとうーんな ころで輪の小さい雄綱のカニチを立てる。その上から輪の大きい みーんな 雌綱のカニチを覆い被せる。 そこへ「カニチ棒」を通して両綱とも 引き合う。このカニチを繋ぐことを「カニチちづん」といい、これ がまた容易でない。それは双方とも味方に有利に繋ごうとするから で、それが相容れられないとき悶着が起きた。そんなとき相手陣営 の者を綱の上から放り投げるという武勇伝が生まれたりした。村々 の綱引きには武勇伝はっきもののようであった。 ようやくカニチを繋がれた綱は双方の綱頭たちの合図によって引 かれた。サッサッサの掛け声と共に鉦鼓や銅鐸、太鼓が狂ったよう に激しく打鳴らされ、蛸綱は勢よく波うつ。まるで生命を得た大蛸 ていんな のように八つの手綱がうねり、そして展がる。 それは正に壮絶な大 蛸の戦いを紡佛させた。 綱引きの勝敗は一遍に決まることはごく稀なことである。大抵は 一進一退を繰り返して決まることが多い。従って気力の勝負といっ てよい。少しでも気を抜くと忽ち力の均衡が崩れ、ずるずるとひか れる。 それまで上下に揺れていた蛸綱もゆれが小さくなり、定位置 からずるずる引かれる。勢のあった手綱も徐々に凋む。勢いづいた 方の手綱は大きく波うち手綱が展がる。 こうして天地を揺るがすよ うな鳴響と変化に富んだ綱引きこそ平敷屋大蛸綱の醍醐味といえよ う。 二回にわたり死力を尽くした綱引きの後には悲喜交々の光景が展
開された。勝ち誇って勝ち関の歓声と共に綱が宙に舞い、欣喜雀躍 した女たちが踊りくるう。片や厳然たる劣敗にただ荘然自失の状態 で綱に座り込み、じっと屈辱に堪える男たち、さしもの猛者たちも このときは憐欄の情を禁じ得なかった。 こうして明暗を分けた厳し い勝負は正に人生ドラマの縮図であった。 やがて気を取りなおした男たちは、破れたとはいえ、流石百戦錬磨のつわものたちである。 悪怯れることなく大綱のカニチを高々と 差しあげ、捲土重来を期して堂々と退場する様は天晴であった。こ うして震天動地の大綱引きも終わり平敷屋まーには夜のとばりがお り滅入るような寂蓼感が辺りを占める。 そこへあすの村人たちを祝 福するかのように旧暦六月十四日の宵の月が東天より晃々と差しこ んでいた。 |
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