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2006年03月20日

杣山(そまやま)訴訟最高裁判決

軍用地料めぐって「女性差別」生んだ「慣習」
「男女平等が認められたのに、なぜ?」「女性差別をなくしてという願いは届かないのか」――。
米軍訓練場内山林に入会権を有する金武部落民会が会則で正会員資格を男子孫に限定していることなどが違法かどうかをめぐって争われている「杣山訴訟」の上告審判決で、最高裁判所は入会権を男の子孫に限る会則の要件を不当と判断しながら、世帯主でない女性24人は再び、救済を阻まれるという判決を言い渡したという。
この事件は入会権をめぐって、仲間美智子さん(72)らが、当時、金武区の入会権管理団体・金武部落民会に正会員にするよう求めたが、「慣習」という名の性差別、つまり区外出身の夫との結婚を理由に認められなかったことに端を発した。
男性の場合は未婚、既婚を問わず、20歳以上で独立して生計を立てていれば、正会員の資格があるというのに、なぜ、女性は認められないのか。法の下の平等を定めた憲法の理念に照らしてもきわめて不当なものだ。
金武区はキャンプ・ハンセン内に約550㌶の共有入会地などを有している。杣山の軍用地料は町に支払われたあと、条例に基づいて5割となる約5億5千万円が入会権を有する金武部落民会に支払われる。
会員への分配以外に会は区に補助金6千万円を払う(2004年度)ほか、残った分収金は会の基金として積み立てる。積立総額は同年度で21億円という(「沖縄タイムス」06/3・19)。
軍用地料の管理団体は村内に現在計4つあるが、男の子孫に限定しているのは金武部落民会のみ。正会員になると、無条件に毎年計60万円(入会補償50万円、地料補償10万円)の軍用地料が支払われるという。その背景には、基地被害を受け続ける住民への対策という政府の狙いがあるのだが、仲間さんだけでなく、正会員の資格を求める女性が次々と立ち上がった。
しかし、会は女性らに「会則、慣習で決まっている」として一蹴。そこで仲間さんらは1998年、会則改正を求めて署名運動などを展開した。そして2002年、「人権を考えるウナイの会」を結成。女性26人は部落民会を相手に正会員資格と補償金7700万円余の分配を求めて、提訴に踏み切ったのである。
1審の那覇地裁は、入会権の構成員について「旧慣に従って定められたとしても、男子孫に限定する合理的理由はない。憲法14条の法の下の平等に反し無効」と原告側の主張を全面的に認め、旧慣習自体の合理性を否定した。
ところが、控訴審で「入会権は過去の長い年月にわたり、慣習に根ざして形成された権利。最大限尊重すべきだ」として逆の判断を示し、原告逆転敗訴となった。その判決を不服として原告が上告し、最高裁判断が注目されていたのである。
最高裁が下した判断は、実質的に女性でも世帯主であれば会員となる資格があることを認め、会側は実質、会則の変更を求められたのである。男性と平等の資格を女性に与えたことは民主主義社会にあっては当然のことだ。
正会員になると、女性も総会での発言権を得ることとなり、軍用地料の使い方にも女性の意見が反映されることになる。
しかし、疑問も残る。今回の場合、原告26人のうち「世帯主」である2人についてのみ福岡高裁に差し戻したことだ。男女は平等であるべきだとしながら、会員の資格要件について「世帯の代表者のみに地位を認める慣習は団体の統制の維持や、各世帯間の平等という点から不合理とは言えず、公序良俗に反するとは言えない」と判断、24人については棄却したのである。
なぜ、26人全員を差し戻しにしなかったのか。結婚した場合、女性が家計を支えていても男性が世帯主になるのが通例であって、女性は普通、世帯主にならないのだから、一面的に世帯主か否かを問うのは少し問題があるのではないのか。今回の最高裁の判断を支援者らが「間接差別」と指摘したのは、そのためだろう。
「トートーメー(位はい)継承問題」など慣習をめぐる問題がいまだ根強く残る沖縄。しかし、女性たちは杣山のまきや果実を生活の糧として利用してきた時代から、先祖代々故郷を守り、育ててきた。また戦時中は戦場へ行った男に代わり、女が山を守ってきた自負がある。それだけに女性たちにとって入会権を否定することは人格を否定することにも等しいのだ。
もちろん、民法で定められている慣習をすべて否定するのではない。しかし、女性の地位を低く見たり、差別したりすることは憲法の理念からいって許されることではない。金武部落民会は早急に新たな会則を作り、豊かで住みよい地域コミュニティーを築くべきだ。同じ区に住みながら、いつまでも争っている場合ではないのだから。(06/3・19記)

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2006年03月09日

米軍の文化財調査拒否

財産守るため立ち入り認めよ
最近、文化財を保存しようとする動きが各地で起こっている。文化遺産や自然遺産を後世に残すための、こうした配慮は人間生活にとって必要不可欠なものと思っている。ところが、こうした動きに水を差すようなことが起こった。
「琉球新報」の報道によると、SACO合意で2007年度末に返還される米軍キャンプ瑞慶覧の沖縄市と北中城村にまたがるライカム地区とロウワープラザ地区、宜野湾市域の埋蔵文化財確認のための立ち入り調査や測量を、米軍は許可しないという。
許可しない理由として①基地内の居住者のセキュリティー(安全性)の問題②返還期限を示した最終の日米合意がなされてから調査すべき-などを挙げているという。文化財保護のためには建造物を調べたり、発掘調査したりして、人手と時間を要するものだ。1年や2年で済むものではない。最終の日米合意がなされた後では遅いのだ。
そこで3市村は返還後の土地区画整理事業をスムーズに進めるために、事前に文化財の有無を確認する調査が必要ということから、米軍側に調査のための立ち入りを要請していたが、拒否されたわけである。
すでに3市村は跡地利用について地権者の意向を踏まえ、幹線道路に隣接する立地条件を生かした交通ターミナルゾーンと新しい生活環境の住宅ゾーンなどを計画している。調査費も計上しているという。もし、工事途中で文化財が発見された場合、開発を中断せざるを得ない事態になることも想定されているのだ。
そうした3市村の立場を無視して、米軍側は調査立ち入りを拒否したのは、なぜなのか。いうまでもなく、文化財調査で壁になっているのは、日米地位協定である。3条で施設・区域の一切の管理権を米軍が握っているからだ。
04年8月13日、沖縄国際大学の本館にCH53Dヘリが墜落したとき、勝手にフェンスを乗り越え、私有地である大学構内に「侵入」したにもかかわらず、立ち入り禁止したのは米軍だった。ヘリの残骸という米空軍の「財産」を守る行為が、国内法に優先したのは記憶に新しい。
今回の調査拒否も、それに似ている。米軍の「生活権」が優先し、国内の文化財保護法が無視されているといっていいだろう。しかも、米軍は拒否の理由として「居住者のセキュリティー」を挙げているが、自らが住民の頭上でヘリを飛ばしておきながら、「セキュリティー」とは筋違いではないのか。
騒音公害や、いつ落ちるかも知れない恐怖感に脅えながら生活を余儀なくされている住民のことを考えると、米軍の調査拒否は納得がいかない。日米地位協定を見直さない限り、今回のような事態はまた起こるだろう。
文化財は先人が営々として築いてきた薫り高い歴史的遺産である。その歴史的・文化的財産の多くを、61年前の沖縄戦で失った沖縄市、宜野湾市、北中城村の基地内立ち入り調査拒否は断じて許すことはできない。米軍は一刻も早く、3市村の立場に配慮し、立ち入り調査に協力すべきである。(「琉球新報」06/3・9付に掲載)

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2006年03月02日

普天間爆音・司令官訴訟

沖縄を植民地の租界同然にするな!
米軍普天間飛行場の周辺住民ら約400人が、同基地のリチャード・ルーキング司令官(2005年6月離任)に対し騒音被害への損害賠償を求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(浜田邦夫裁判長)は2月28日、住民側の上告を棄却する決定をした。「公務中の米軍人個人は日本政府が賠償責任を負う」として、住民側の主張を退けた2審・福岡高裁那覇支部の判決が確定したという(「沖縄タイムス」06/3・1)。
最高裁の決定理由は、「(住民側の)上告理由は違憲というが、実質は単なる法令違反を主張するもので、上告の事由には該当しない。上告の受理申し立ては認められない」とし、事実上の門前払いだ。
基地の司令官を被告として、その賠償責任を追及して米側の責任を明確にしようとする裁判は全国でも初めてのケース。弁護団は、日米地位協定を分析し、「(同協定は)米軍人の個人責任を問う判決の存在を前提にしている」と訴え、司令官の賠償責任は問えると主張したが、最高裁はその主張をにべもなくはねつけたのである。
この最高裁の上告棄却決定は騒音被害と事故への危険にさらされ続けている住民救済の可能性を狭めたといえる。しかも、被告の司令官は訴状の受け取りを拒否し、一度も法廷に姿を見せなかったのである。
その上、裁判所も住民への反論も求めなかったというのだから、あいた口がふさがらない。要するに、司法も米軍の特権を実質的に追認したということだろう。それを阻んでいるのは、いうまでもなく、日米地位協定にあるのだが、これは司法への重大な問題提起だ。
日米地位協定は、軍人が民事裁判で訴えられても軍が裁判を回避させることはできず、また賠償命令などの判決が出ても、強制力はないと規定している。つまり、この協定は住民の生活権や環境権は二の次で、あくまでも米軍を守る協定であり、いうならば、米軍のやりたい放題を許しているということだ。
本来、最高裁は国民の基本的人権を守る責務があるのに、沖縄を差別するような米軍の言いなりになる判決に住民の怒りは渦巻いている。「今も沖縄は米軍の占領下。国民は、沖縄の犠牲の上にのうのうと暮らしていることを知るべきだ」「司法が司令官を守るなら、私たちは逆に裁判官を訴えたい」(「沖縄タイムス」06/3・1)……。
結局、弁護団が提起した軍人個人の賠償責任を問うという論点は、野ざらしにされたわけである。その結果、今後も騒音被害は続く。「静かな日々を返せ」という住民の訴えが排除されたことは、日本の米軍基地の75%が沖縄に集中している限り、騒音被害は変わらない。
法の救済の手が届かない、あるいは国内法が通用しない日米地位協定の見直しは不可欠だ。いつまでも沖縄を植民地の租界同然にしてはならないのだから。

[普天間爆音訴訟] 
米軍普天間飛行場の周辺に住む約400人が国と、当時のリチャード・ルーキング司令官(2005年6月離任)にヘリコプターなどの夜間・早朝の飛行差し止めや騒音被害に対する損害賠償を求めた民事訴訟。提訴は2002年10月。那覇地裁沖縄支部は、司令官に対する訴訟と国に対する訴訟を分離。04年9月、司令官に対する訴訟を棄却。福岡高裁那覇支部は05年9月、控訴を棄却した。分離された国に対する訴訟は同支部で続いている。(06/3・2記)

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2006年02月20日

下地島空港は誰のもの?

軍拡シーソーゲームの引き金にするな
「下地島空港は誰のもの?」――。
2月19日、米軍嘉手納基地所属のHH60救難ヘリコプター2機とKC130空中給油機1機の給油のために下地島空港を使用したいと通告していたところ、20日になって空中で給油を行ったため、使用しないことを通知してきたという(「沖縄タイムス」06/2・20)。
同空港をめぐっては、航空自衛隊那覇基地の滝脇博之司令が中国の脅威を理由に下地島空港の「基地化」を望む見解を表明したばかり。そうした中でなぜ、米軍は下地島空港を使用する、いや使用しない、結局、使用せずと二転三転、通知してきたのか。自衛隊幹部の発言とそのこととは関係あるのか。
下地島空港については1971年、日本政府と琉球政府の間に交わされた「屋良覚書」が存在する。その覚書とは①下地島飛行場は琉球政府が所有・管理し、使用方法は管理者である琉球政府(復帰後は県)が決定する②運輸省として、航空訓練と民間航空以外に使用する目的はなく、これ以外の目的に使用させることを琉球政府に命令する法令上の根拠を持たない――というもの。
つまり、同空港については「民間以外、利用は認められない」「軍事利用はしない」とする覚書を交わしており、今も変更されていない。もちろん、例外規定があり、緊急時や万が一の事態のときは禁止事項からはずされている。しかし、今回は緊急時ではない。覚書を無視し、下地島空港を使用する米軍の意図は一体、どこにあるのか。
下地島空港は台湾から約400キロメートルの位置にあり、3000メートル級の滑走路を持ち、ジャンボ機が離着陸できる空港。そこへ米海兵隊は2000年以降、地元自治体が反対する中、燃料給油を口実に同空港へCH46ヘリやKC130給油機を繰り返し、強行飛来させてきたのである。
米軍は対テロ戦争、米比合同演習「パリカタン」参加途中の給油が目的と説明してきたが、これが既成事実化してくれば、どうなるのか。米国シンクタンクである「ランド研究所」の報告書「米国とアジア」の中で、新たなアジア戦略として台湾有事に備えて沖縄米空軍増強を主張し、下地島空港の使用を提言しているのを考えると、下地島空港の米軍使用は中国の軍事増強を視野に置いたものなのだろう。
1980年代にソ連(現ロシア)がミグ25戦闘機や空母の極東配備を増強した際、政府は北海道が危ないと脅威論を撒き散らし、その結果、軍拡が進んだことは記憶に新しい。一部政治家やマスコミの「中国脅威論」は、それと酷似しているといえなくもない。そうした「中国脅威論」は政治的キャンペーンの色彩が極めて濃く、実態は誇張されているように思えてならない。
那覇基地へのF15戦闘機の配備や下地島空港の防衛拠点化を明かした滝脇司令の狙いも、この政治的キャンペーンの中に位置づけられ、それとは決して無縁とはいえない。米軍再編で日米の軍事一体化が進むのも、実はこの「中国脅威論」を背景にしたものなのだ。
しかし、それは悪化したままの日中関係にいっそう水を差すだけだ。脅威が脅威を生み、その脅威に対抗するために新たな軍事基地をつくることになる、この悪循環だけは避けなければならない。
もし、下地島空港の軍事利用を米軍に許すことにでもなれば、軍拡シーソーゲームの引き金になるだろう。
普天間基地はイラク戦争の後方基地として多くのイラク国民の生命と財産を奪った。平和な島・下地島空港を殺戮の施設にしてはならない。次世代の子や孫たちに大きな禍根を残すことを許してはならない。
平和の島に軍隊はいらない! 普天間基地のように爆音が鳴り響く空の下で常に墜落する危険性に脅えながら生活することだけは止めよう。(06/2・20記)

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2006年02月09日

肩代わり「沖縄密約」

今の再編問題に続く「見せかけ」
1971年に調印された沖縄返還協定をめぐり、返還した土地の原状回復補償費を日本側が極秘に肩代わりしたと指摘されていた問題で、当時対米交渉に当たっていた吉野文六・元外務省アメリカ局長は8日、共同通信の取材に「返還時に米国に支払った総額3億2千万㌦の中に原状回復費用4百万㌦が含まれていた」と述べ、日本側が肩代わりしていたことを認めたという(「琉球新報」06/2・8)。
吉野氏は日本側が肩代わりした背景について、「ベトナム戦争の影響で米国の財政は厳しかった一方で、日本は特需で景気が良かった。佐藤栄作首相(当時)が政治判断した」とも語ったという。
これは密約外交の常識を破り、国民に情報を隠蔽してきた政府の姿勢に風穴を開けた画期的な証言だ。
①返還土地の原状回復補償費4百万㌦を日本政府が肩代わりする②日本政府が物品・役務で負担する基地施設改善移転費6千5百万㌦などの「秘密枠」をつくる――など、沖縄返還(1972年5月)に至る日米両政府の交渉と実態については2000年5月、米公文書「琉球諸島の民政史」ファイルや2002年のニクソン政権関連文書「ニクソン・ファイル」などによって明らかにされていたが、当事者が密約の存在を事実上、肯定。これまで政府は一貫して密約を否定してきたが、政府関係者がその存在を認めたのは今回が初めて。
証言した吉野氏は当時、交渉実務の日本側の最高責任者だったから、密約の存在はもはや言い逃れはできない。これだけ客観的な情報が揃っているのに、沖縄返還から30年余が過ぎても、政府は一貫して密約の存在を否定している。
この肩代わり密約については1971年、毎日新聞政治部の西山太吉記者(当時)が外務省の女性職員から入手した機密文書を基に報道。この機密文書を基に社会党議員らが、原状回復費用を日本側が肩代わりする密約があったと政府を追及した。
肩代わりしたとされる4百万㌦は、米軍が占有していた土地を元の田畑などに戻すための費用で、沖縄返還協定では米国が自発的に支払うと取り決めていた。しかし、当時沖縄にあるとされた核兵器の撤去や、米国資産の買い取りのため日本側が米国に3億2千万㌦を定めており、西山元記者は電文などを基に、この3億2千万㌦の中に4百万㌦が含まれていると指摘した。
しかし、政府は西山元記者と情報源の外務省女性秘書官との私的な関係に問題をすり替え、女性をそそのかして機密文書を入手したとして、国家公務員法違反容疑で逮捕され、ペンを折られた。1審無罪の後、2審で懲役4か月、執行猶予1年の逆転有罪判決を受け確定。
しかし、その後、米公文書などで次々と密約を裏付ける資料が出てきたことから、2005年4月、西山元記者は「不当な起訴で記者活動を停止させられた」として、国に3千3百万円の損害賠償と謝罪を求める訴訟を東京地裁に起こした。
記者として、国民の知る権利を守ろうとした西山元記者の人権を踏みにじり、窮地に追いやった政府の責任はきわめて大きい。
昨(2005)年10月29日、那覇市で開かれた反戦ティーチイン「沖縄返還密約を追え――メディアの敗北を超えた」で西山元記者はこう語った。
「『核抜き本土並み』は佐藤首相が自らの政治的偉業を達成するための見せかけで、結果的に米軍は在沖基地の自由使用を確保した。今回の米軍再編も『負担軽減』というアピアランス(見せかけ)を掲げた、米軍の機能強化、日米の軍事緊密化にほかならない」
密約の存在を認めた外務省元局長の証言は、まさに沖縄における今日的問題を浮き彫りにしたものだ。佐藤首相(当時)は巨額の裏負担をしてまで、沖縄返還を最優先させた。それは日本の国益を優先させるのではなく、米国の軍事的要求に沿った返還だった。
再編協議の中で、気候的にも地理的にも優れている沖縄を米軍はそう簡単に手放すはずはない。米軍のための米軍再編だ。要するに、普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸部への移設案は、米側が譲歩したかに装っているが、決してそうとは思えない。米軍は辺野古沿岸案で広大な軍港を確保できると見ているのだ。
米軍は在沖海兵隊7千人を削減すると言う。しかし、それに伴う数千億円規模のグアムなどへの移転費は日本が負担するのだ。負担軽減の美名の下で、抑止力維持を強調する米国に追従する実像を隠し、虚像を振りまく米軍再編の深層を見抜かないと、また「『核抜き本土並み』見せかけの沖縄返還交渉と同じ轍を踏むだろう。(06/2・9記)

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2006年02月08日

タクシー強盗米兵犯が帰国


フェンスという壁で犯罪を容認してはならぬ
「3人目もいたのか」――。
北谷町のキャンプ瑞慶覧内で発生したタクシー強盗事件で書類送検された2米兵のほかに3人目の容疑者の存在が明らかになった。しかし、その容疑者は米軍から公表されずに、すでに帰国しているという(「琉球新報」06/2・7)。
宜野湾署によると、帰国した米兵はキャンプ瑞慶覧所属の海兵隊員で、年齢は20歳前後というが、事実とすれば言語道断だ。
どういう形で事件にかかわっていたのか――。帰国した経緯や、私用か、公務かなどの理由も不明のまま。しかも、米軍は過去の発表でその存在を伏せていたというから、驚きだ。
沖縄県警は3人目の容疑者の身柄確保を米軍に要請するか検討していた段階での帰国に、許し難い行為と関係市町村や平和団体から反発が強まっているのは、当然のこと。
日米地位協定は、基地内で日本の警察権を排除しておらず、捜査や証拠収集について、「相互に援助しなければならない」と規定している。しかし、現状では米軍が許可しなければ、聞き込みや捜査のための基地内への立ち入りはできない。まるで空文化した協定でしかないのだ。
基地内の犯行とはいえ、凶悪犯として身柄を日本に引渡し、日本の警察が取り調べるべきなのに、本国に帰っているとは……。あきれるというより、とんでもない措置だ。米軍の被害者、地域に対する誠意も敬意もなく、地位協定をなんとも思っていない本質的姿の現われであり、米軍に緊張感がない証拠といわざるを得ない。
たとえ米兵が事件を起しても、日米地位協定の壁によって米兵が守られている、こんな不平等な地位協定は当然、見直すべきだ。日本側が主体的に捜査できる仕組みを確保しなければならない。フェンスという壁で、犯罪が容認されるような状況をつくってはならない。
容疑者が帰国するのは今回が初めてではない。過去にも同様の事件が起こっている。1992年1月の沖縄市での強盗事件、93年の嘉手納基地内で起きた女性乱暴事件……。米軍捜査当局に拘束された米兵が、米軍側の拘禁の甘さから自由行動を許されて逃走し、問題化したことがあった。
しかし、なぜ、同じようなことが繰り返されるのか。米兵が帰国する場合、①除隊する②所属部隊の上層部に休暇許可証を認めてもらう、などのケースがあるが、なぜ、本国へ帰国できたのか、誰が許可したのか。
この容疑者が帰国した理由は通常の異動なのか、それとも休暇なのか、身柄は拘束したのか、いまだに米軍は一切、明らかにしていないが、それらの点について徹底的に公表してほしいというのが、県民の声だ。
容疑があるのであれば、米軍側は容疑者を本国で身柄を押さえて、早く沖縄に送り返すべきだ。また日本政府の弱い対応にも問題があるようだ。地位協定改正でなく、運用改善で乗り切ろうとする姿勢に、それがよく現れている。
1995年の米兵による暴行事件をきっかけに、「殺人または強姦という凶悪な犯罪」は起訴前に身柄引き渡しが可能となったが、それは米軍の裁量の範囲内。公平な裁量ではなく、あくまでも主導権は米軍側にあるのだ。
日米両国とも法治国家を名乗る以上、容疑者が警察権の及ばないところで安穏と暮らすようなことは許されない。米軍は責任を持って拘束しなければ、米兵が犯罪を犯しても逃げ得ということになる。(06/2・7記)

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2006年02月02日

在沖米軍基地でも施設庁談合

“天下り癒着”絶つ情報公開が不可欠
防衛施設庁発注工事の官製談合事件で、2つの空調設備工事に加え、まだ入札の実施さえ公表されていない沖縄県の米軍基地内の病院空調設備工事にも談合が行われ、入札公表前に受注先が決定していたという(「沖縄タイムス」06・2・2)。
新たに判明した談合は、米軍キャンプ瑞慶覧内海軍病院(宜野湾市など)に移転が予定されている米軍病院の空調設備工事。日米間でキャンプ桑江からの移転が合意され、那覇防衛施設局は昨年までに設備設計などの入札は実施したが、空調設備は入札の予定も公表されていないという。
那覇防衛施設局は「2005年度にキャンプ瑞慶覧での病院にかかる工事の計画はないことから入札は行っておらず、予定もない」と言っている。たとえ、その通りだとしても、2006年度の着工、2009年度の工事完了を予定しているというから、当然、空調設備工事も入っているに違いない。そう考えると、那覇防衛施設局の言い分は説得力に欠ける。
この事件は業者間の談合を主導し、発注者側が深く関与した「官製談合」だ。しかも、業者の選定はOBの天下り受け入れ実績などを基に割り振られていたというから、驚きだ。これはまさに受注の便宜を図る見返りに天下りポストを手に入れるという、お決まりの構図だ。
実際、過去10年間で防衛施設庁の技官ら6人が複数の空調メーカーに天下りしていて、受注調整してきたといわれている。また建設工事でも受注調整が行われていたとなれば、この事件は根の深い組織的・構造的犯罪といえよう。
天下り技官も技官なら、天下りを受け入れる業者も業者だ。両者の利害、思惑が一致する、この「官・業」癒着体質こそ問われなければならない。しかも、こうした犯行が組織的にかつ長い間、続けられてきたところに大きな問題がある。
特定の会社に受注させるという官製談合は、高値受注という高コスト体質につながっているといわれている。当然、そのツケはわれわれの税金から払わされていることは言うまでもない。
法を遵守すべき立場の高官が、法を踏みにじる“談合”を繰り返してきた責任は重い。こうした談合をなくすためには、天下りへの厳しい規制が不可欠だ。
また2003年に官製談合を防ぐために官製談合防止法を施行したが、発注者に対する罰則規定がない。その罰則規定を盛り込んだ官製談合防止法の改正も必要だろう。
もちろん、高官が民間企業へ再就職するのは自由である。しかし、問題は在職中の権限と結びつくことだ。そのためには透明性を保つ情報公開が必要不可欠だ。(06/2・2記)

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2006年01月29日

タクシー強盗の米兵拘束

米兵士は外交官の自覚を!
「やはり米兵だったか」――。
北谷町の米軍キャンプ瑞慶覧内で1月7日、発生したタクシー強盗事件の容疑者として米兵2人が拘束された。米軍は容疑者の氏名や所属などは公表していないが、いずれも同じ兵舎に住む20歳前後の米兵という(「琉球新報」06/1・29)。
事件の発生から21日目。遅きに失したとはいえ、地元住民にとってはほっと胸をなでおろしたことだろう。
事件は無線連絡で配車の依頼を受けて、兵舎前に着いたタクシー乗務員が外国人と見られる男にナイフを突きつけられ、現金を奪われたもの。基地内で起きた状況などから、早くから米軍人の犯行の可能性が高いと見られていたが、やはりその通りだった。
しかし、容疑者を拘束したのは米軍捜査当局で、2人の身柄も基地内に置かれているというから、身柄の管理や捜査がどのように行われているのかは不明。本来なら、被害者が日本人なら、事件の発生場所のいかんを問わず、第一次裁判権は日本側にあるはずなのに、日米地位協定がネックになって、それができない。
日米地位協定の運用改善では、身柄引き渡し事案を「殺人または強姦」の凶悪犯罪と規定。それ以外の罪種については日本側の要請に応じ、米側が「好意的考慮」として裁量権を持つことになっている。
要するに、客観的な基準はなく、米側に権限が温存されてきたのが運用改善の実態。規定があいまいのまま、司法手続き上、客観的基準がなかったのが最大の問題ではないのか。
身柄引き渡しの可否について、外務省は国会答弁で「事件の悪質性、社会的な影響、捜査上の必要性を総合的に勘案する」と述べているが、人けのない未明に起こった事件で、被害者は「殺されると思った」と恐怖を語っているように、この事件は極めて悪質で危険な状況だった。
そう考えると、今回のタクシー強盗は悪質性、社会的影響、捜査上の必要性などから見て、当然、身柄引き渡しに該当するのではないのか。身柄が日本側に引き渡され、日本側で捜査が進められなければ、住民の不安は解消されないだろう。
容疑者が特定され、逮捕されない限り、タクシー業界や地域住民の不安はぬぐえない。今もタクシー乗務員は「米兵士を乗せるたびに恐怖を感じます」と言っているように、事件の解明と再発防止のためには身柄引き渡しは不可欠だ。
日米地位協定の運用云々というより、即刻、日本政府は身柄引き渡しを要求すべきだ。もっとも沖縄県警は強く引渡しを要求しているけれども……。
7日の事件後にも沖縄市で外国人によるタクシー強盗、キャンプ瑞慶覧内での窃盗事件などが発生。こうして繰り返される米兵犯罪に対して、地域住民はどう対応したらよいのか。身柄引き渡しは凶悪犯罪だけでなく、すべての犯罪に適用すべきだろう。
そもそも米兵が犯罪を犯すということは、理由のいかんを問わず、それは一兵士の犯罪ではなく、日米安保の欠陥であり、外交問題だ。日米安保の保障の下に駐留する米兵は単なる兵士ではなく、外交官であるべきではないのか。そのことを強く自覚すれば、こんな事件は起きるはずはないのだが……。(06/1・29記)

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2006年01月23日

名護市長に島袋氏が初当選

「おじい、あばあ」の気持ちを忘れないように
米軍普天間飛行場の移設問題に全国的に注目された名護市長選挙は、無所属新人で保守系の元名護市議会議長・島袋吉和氏(59)=自民、公明推薦=が他の2人を大きく引き離し、大差で初当選した。
昨年10月の米軍再編の中間報告を受けて、沖縄がどう意思表明するかが問われた選挙だったはずなのに、3候補者とも日米両政府が示した「キャンプ・シュワブ沿岸案」に反対し、結果的に争点にならなかった。争点がぼかされたというのが、この選挙の特徴の第1点。
もっとも、島袋氏は政府が修正案を示せば、「交渉のテーブルに着く」と明言していたから、争点が全くなかったわけではない。移設問題は修正次第では受け入れる可能性も出てきたことになり、普天間移設問題は第2ステージに入ったといえる。
しかし、沖縄県の意向を無視し、いきなり頭越しで「沿岸案」を押しつけてきた日米両政府は、果たしてこの案を修正するだろうか。応じる姿勢は今のところ見せていない。
この選挙のもう1つの特徴は、政府との信頼関係を重視するか、それとも政府との対立を前面に押し出すか、という点だったろう。島袋氏は政府とのパイプを生かし、基地問題のほか北部振興策の継続や地元の暮らしに結びつく政策を訴えたが、有権者は政府との「対決」よりも、「信頼関係」の方を選び、振興策の継続を求めたのかも知れない。
だからといって、これがすべて有権者の「民意」だとは思えない。島袋氏を推した有権者が必ずしも「基地受け入れ派」というわけではないからだ。
1997年の「市民投票」以来、98年、2002年と名護市長選では事実上、保革の一騎打ち型の選挙が続いてきた。しかし、今回は革新陣営が分裂した形となり、三者入り乱れての選挙となった。それが島袋氏に有利に働いたことはいうまでもない。
普天間移設問題の解決は決して容易でない。騒音など地域住民への影響に加え、希少種のジュゴン保護など環境問題への反対運動が根強いからだ。稲嶺県知事も現在の「沿岸案」には反対している。
日米両政府は、地元がなぜ沿岸案を拒否しているのか、を真剣に考えるべきだ。振興策という「アメ」を提示する手法ではなく、どうしたら納得してもらえるか、を探っていくべきだろう。
島袋氏の責任は重い。基地も、振興策も重要なテーマである。しかし、その前提は環境に配慮した街づくりでなければならないだろう。自然環境の保全を地域発展に結びつけていくべきで、決して基地の見返りで振興を図っていっていいはずはない。
「民意」が問われるのは、これからだ。新市長になった島袋さん、辺野古の「おじい、おばあ」の気持ちを決して忘れないように。(06/1・23記)

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2006年01月19日

F15戦闘機が墜落

軍用機を撤去する以外にない
「安心して漁ができない」「基地さえなければ……」。海域を漁場とする漁民から、不安と怒りが入り交じった声が漏れた――。
米空軍嘉手納基地所属のF15イーグル戦闘機が1月17日、嘉手納基地の東側約100㌔、うるま市伊計島の東の訓練空域で訓練中、機体に何らかのトラブルが発生して海中に墜落する事故が発生した。
墜落の原因はまだ分かっていないが、この戦闘機は28年前の1978年製造だというから、おそらく燃料漏れか、何らかの機体のトラブルとの見方が多い。
「一歩間違えれば、自分たちの上に落ちてくるかもしれない」――。
現場から20㌔、30㌔の海域は名護漁協の漁民が生計を立てるバヤオ(漁礁)が設置され、マグロ、カツオの好漁場。またソデイカの漁場だ。それだけに、生活の場が日常的に危険にさらされている漁民の怒りはおさまらない。この日は、幸いにも近くに漁をしている人はいなかったが、前日には数人、漁をしていたというから、ゾっとする。
筆者は先日、伊計島へ行ってきたばかりだ。青い海に囲まれたのどかな島。よもや、この島からそう遠くない海域に米軍の戦闘機が墜落するとは想像もしていなかった。いや、不覚にもこの海域が米軍の訓練空域とは知らなかった。(沖縄周辺には米軍の訓練空域が20カ所常設され、民間機はそこを避けて飛行している)
F15戦闘機の事故は絶えない。1994年4月の嘉手納弾薬庫地区内への墜落、2002年8月の公海上への墜落事故、04年10月の空中接触事故そして今回の墜落事故……。
03年度にあった54回の航空機の緊急着陸のうち6割はF15戦闘機によるものだという(「沖縄タイムス」06/1・18)。F15戦闘機のモデル自体に問題があり、欠陥があるのだから、このままいけば、いずれ、大惨事に発展するに違いない。
名護市東海岸は普天間飛行場の移設問題で揺れている真っ最中だ。なのに、事故を繰り返す。住宅の上だけでなく、海上でも常に墜落するという危険性と隣り合わせに暮らしている住民の不安を取り除くには、在沖基地からすべての軍用機を撤去するしかない。嘉手納基地のF15戦闘機を沖縄から追い出す以外に方法はない。
それができないとすれば、少なくとも墜落原因が究明され、十分な説明がなされるまではF15戦闘機の飛行は止めるべきだ。
この墜落事故で操縦士は緊急脱出し洋上を漂流しているところを、嘉手納基地の救難ヘリによって救出され、無事だった。しかし、墜落した海域は東西2㌔、南北8-9㌔の範囲で油の流出があるという。
漁業者のみならず、海洋汚染が懸念されるだけに、米軍は油と機体の回収に一刻も早く取り組むべきだ。
ところで、昨年10月の在日米軍再編協議で嘉手納基地のF15戦闘機の分散・拡大が合意され、移転先として新田原(宮崎県)、築城(福岡県)、小松(石川県)、百里(茨城県)、千歳(北海道)の各基地が想定されているが、このような危険な戦闘機を誰が受け入れるか。今、挙げた各県・道の地元自治体はすでに態度を硬化させているという。
沖縄県は米軍に対して、例によって、①原因究明までの間の同機種の飛行中止②事故原因の徹底究明と早急な公表③再発防止措置と安全管理の徹底――の3点を要請したという。
「例によって」ということは、こうした事故が起こるたびに、何度も同様の申し入れをしてきたことを意味する。しかし、一向に埒が明かないのは、どうしたことか。
海中に落ち、人的被害がなかったことは不幸中の幸いだが、市街地に落ちないという保証はない。基地がある限り、事故は起こる。住民が怒るのは当然のことだ。
しかし、住民の怒り、衝撃も冷めやらぬ中、米軍は飛行再開をするという。住民の命をなんとも思わない、この無神経な米軍の感覚が分からない。もっとも、住民の声を無視するのが、軍隊の本質というものだが……。
日本は独立国なのか、疑いたくなる。日米安保で日本は守られているという。しかし、少なくとも沖縄に関しては、守られているより、侵されているといったほうがいい。住民の生命と財産を守るためにも、即刻、欠陥機部隊は撤退すべきである。(06/1・18記)

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2006年01月15日

深夜のキャンプ・コートニー上陸訓練

狙いは沖縄を軍事的対立の最前線?
米海兵隊は1月11日深夜から12日未明にかけて、うるま市のキャンプ・コートニー内で上陸訓練をしたという(「琉球新報」06/1・12)。ゴムボートに乗り、敵地にこっそり忍び込み、奇襲攻撃を仕掛けて相手の反撃能力や守備体系を探るのが目的といわれている。
同基地渉外官は「年1回程度の通常の訓練」と説明しているという。しかし、米軍にとっては通常の訓練かもしれないが、周辺住民にとっては恐るべきものだ。ましてや漁民にとっては死活問題だ。事故につながる可能性も十分にあり、恐怖を覚えるのも当然だろう。この米軍と漁民の認識の落差はいったい、どこから来ているのか。
日米地位協定で米軍は訓練の実施を認められているとはいえ、住民の生活と安全を脅かしていいはずはない。住民に細かい配慮をするのは当然のことではないのか。夜間に奇襲攻撃を仕掛けることで、住民が不安と恐怖を感じたとして何ら不思議はない。
しかし、もっと重大な問題は住民の知らないところで、こうした訓練が平気で行われていることだ。そもそも、狭い県土に広大な米軍基地、施設が散在していること自体が問題。在日米軍基地の75%が沖縄に集中しているのは、どう考えても理不尽なことではないのか。
日米同盟が強化されるなか、沖縄の現実はますます厳しさを増し続けている。深夜の上陸訓練は何を想定して行われたのか。想像の域を出ないが、中国や北朝鮮を脅威の対象として行ったのだろう。
沖縄を利用して日米同盟を強化するという手法は、1972年の沖縄返還や1996年の特措法等、いくつもの先例があるが、中国や北朝鮮との緊張関係を日米同盟強化や有事体制の整備に利用しようとする勢力は、尖閣諸島や拉致問題を最大限に利用しながら、逆に敵対感情を高めることになると踏んでいるのだろう。
年1回程度の通常の訓練と高をくくってはならない。深夜のこの上陸訓練は決して小さな問題ではない。重大な問題をはらんでいることを知るべきだ。超大国アメリカに寄り添いながら、中国や北朝鮮を敵視して沖縄を軍事的対立の最前線に置こうという、その狙いが隠されていることを見逃してはならない。(06/1・13記)

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2006年01月05日

沖縄から問う横須賀・米兵女性殺害事件

地位協定を改定するしかない
神奈川県横須賀市の雑居ビルで2006年1月3日、出勤途中の女性が殺害された事件で米海軍・空母キティホークの乗員が在日米軍の調べて対し、犯行を認めているという(「琉球新報」06/1・5)。
死因は内臓破裂による失血死で、全身が激しく殴られたもの。女性のバックの中の財布には紙幣がないことから、金目的の犯行と見られていた。現場付近の防犯ビデオに、後ずさりするような女性に話しかける外国人と見られる男が写っていたことから、県警は米兵の可能性があると見て、在日米軍に照会。在日米軍は独自に調査し、空母乗員が殺害を認めたという。
神奈川県警は日米地位協定の運用改善合意に基づき、外務省を通じて起訴前の身柄引き渡しを求める方針だというが、この事件は広大な米軍基地を抱える沖縄県にとっても決して見逃すことのできない重大な犯罪だ。
これまでも沖縄県では米兵による事件・事故が後を絶たないことを考えると、日米地位協定を改定する以外に方法はないと県内から怒りの声があがっている。
「基地、軍隊、米兵は今でも戦場に行き来し、暴力とつながりながら駐留している」(高里鈴代「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」代表)「事件を起こしても執行猶予がつき、賠償金を請求しても日本政府が肩代わりしている現実の中では何の解決にもならない」(村上有慶「米兵・軍属による事件被害者の会」代表)……など。
要するに、市民の生活の場に米兵が自由に出入りし、駐留していることは異常事態といっていい。しかも、米兵が事件を起こしても、責任が問われない。賠償金を請求しても、米国は日米安保条約を盾に取り、保障の責任はないと突っぱねる。日本政府も日本政府だ。「保障の責任は米国にある」として、誠意を示さない。
被害を受けても泣き寝入りを余儀なくされてきた沖縄は、まさに日米間の谷間で両国から見放されてきたのである。刺殺、強姦、交通事故死など米軍の犯罪行為は日常茶飯事。今回の横須賀の米兵女性殺害事件も氷山の一角にすぎないのだろう。
米軍基地から派生する人権問題は後を絶たず、米兵の犯罪は多発している。にもかかわらず、日本政府は米国側に何も要求しない、この外交姿勢こそ問われなければならない。
いずれにしても、今回の事件は新たな火種になることは必至。横須賀は原子力空母の配備で、沖縄は普天間移設で揺れているが、地元住民の怒りは爆発するにちがいない。地域住民の生活のすみずみにまでわたった悲劇をこれ以上、もたらさないためにも、声をあげなければならない。屈辱と悲しみに終止符を打つために……。(2006/1・5記)

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2005年11月24日

シンポジウム「在日米軍再編への沖縄からの要求」

「びた一文ゆずるつもりはない」
11月16日、ブッシュ米大統領との首脳会談後の記者会見で小泉純一郎首相は沖縄の負担軽減には触れずに「平和の代償」だけを強調し、中間報告での再配置案を承認し、実行への決意を誓った。
普天間基地の県外移設を要求している沖縄の総意を拒絶した、この首脳会談に対して、沖縄はどう向き合うのか。東京とワシントンへ向けて沖縄からボールをどのように投げ返すのか――。
そうした中で、沖縄対外問題研究会主催のシンポジウムが11月23日、琉球大学で開かれた。パネリストは府本禮司基地防災統括監、儀武剛・金武町長、佐藤学・沖縄国際大学教授、同研究会の宮里政玄代表の4人。
儀武町長は「抑止力の維持はどこに対して、何のためか、など理由がよく分からない。キャンプ・ハンセンでの自衛隊と米軍の共同使用については、基地機能強化につながる恐れがあり、それと引き換えの振興事業は受け入れられない」と基地容認を否定した。
府本統括監は「仮に沿岸案で進めるとすれば、全部を敵に回して事業を進めることになる。そういうことは現実にできるとは思えない。環境、騒音など問題点もあり、びた一文譲るつもりはない」と指摘し、改めて反対表明した。
佐藤教授は「特措法は麻生太郎外相が否定しているが、ではなぜ、調査3年、建設7年という話が出てくるのか。国と地方は同等という地方自治の原則を根底から覆すもので、もし、地元の意向を無視して特措法を実施するとなれば、日本は中央集権国家になる。沖縄だけの問題ではない」と批判した。
宮里代表は「中間報告は米国の世界戦略の一環だ。沖縄返還時も基本戦略をリードしたのは米国で、県民は蚊帳の外に追いやられた。今回の米軍再編でも自衛隊と米軍の一体化が検討されているが、米国は日本政府から『極東有事』における日本の積極的関与の代償を得たのも、米国主導だ」と復帰当時と今回の在日米軍再編の構図は全く変わっていないことを強調した。
フロアからは「知事が率先して超党派による県民大会開催を呼びかけるべきだ」「今こそ行動を起こさなければ、沖縄の基地固定化が進むだろう」などという厳しい意見が相次いだ。
今、沖縄に求められているのは、「草の根」の島ぐるみ運動であり、基地問題を自分の問題として受け止める「当事者意識」ではないのか。
(この記事は「沖縄タイムス」05/11・24付を参考にした)(05/11・24記)

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2005年11月17日

日本のカシミール


「地震災害」から沖縄を考える
無視され続ける米軍基地の重圧

「助けて。お母さん、お父さんを呼んで……」
衝撃的なニュースが飛び込んできた。本紙(「沖縄タイムス」10/10)は倒壊したパキスタン北部バラコットの学校のがれきの中から助けを呼ぶ子どもの声を伝えていた。
食料も水も衛生設備もないまま放置されている。なのに、救助すべき政府の救援隊の姿はない。山間部の村や道路は寸断されている。犠牲者は2万人とも3万人とも言われている。
その犠牲者のうち大半はインドと領有権を争うパキスタン側のカシミール地方だ。政府から見捨てられたカシミール地方の何万人もの貧しい子どもたちの姿を私は追っていた。瓦礫の山、山……。そこには、“わが子よ、生きていておくれ!”と必死に捜す人々の姿があった。
私は、瓦礫の下に埋まっているであろう子どもたちを捜している、それらの写真を見ていると、どこかで見た風景を思い出した。そう、沖縄戦で破壊し尽くされた60年前の風景だ。
沖縄戦の後の破壊された沖縄の状況は、日本の軍国主義政策の結果であるばかりではない。貧困にあえぐ多くの人々は強大な支配者によって差別的処遇を受け、放置されてきた。つまり、「民主主義における少数派」に対する切り捨てと差別の実体がさらされたのである。
「私の子を出してあげて。出してあげて」。約200人が閉じこめられた公立学校の瓦礫の中から息子の声を聞いて泣き叫ぶ母親の姿を追う報道に視線を注いでいると、後ろから誰かが声をかけているような気がした。そっと振り向いてみたら、そこに「昔と今」の沖縄が見えた。
カシミールはインド北部からパキスタン北東部に広がる山岳地域。元藩王国。イスラム教徒が多く、牧羊が盛んな地域であり、多民族、多宗教共存の小さな国家だ。そんなカシミールのように、沖縄も独特の文化と多様性を認め合う寛容な精神を持つ。
カシミールを訪れる人々のほとんどは、カシミア織を着て踊り、料理を堪能する。しかし多数のカシミール住民の貧困には気づかない。沖縄を訪れる観光客にも同じことがいえる。
エメラルドグリーンの美しい海辺で遊び、沖縄料理に舌鼓を打ち、郷土音楽に耳を傾ける。そして地元民の歓迎を受けても、沖縄の人々が戦後一貫して背負わされてきた米軍基地の重圧に苦しんでいることも知らずに帰っていく。
カシミール地方は19世紀半ばからイギリスの支配下にあったが、1947年に印パ両国が独立してからは、領有権をめぐる印パ戦争の舞台になった。3年前には核戦争突入を思わせる一触即発の危機に直面したことも。
しかし、いつも犠牲になるのはカシミールの住民だった。最近はイスラム過激派によるテロの拡大が最大の懸案になっているという。
カシミールの人々のように、沖縄の人々も19世紀後半の明治政府は、「沖縄の人々の安全を守るため」と称して、かつての「薩摩の琉球入り」の時と同様に、沖縄の人民を鎮撫するために軍隊を常駐させ、土地を強制的に取り上げた。
その後も沖縄は政府に裏切られ続けてきた。戦時中の本土防衛のための「捨て石」作戦による県民の犠牲、1972年の日本復帰と引き換えになされた「基地の自由使用」「核持ち込みの密約」等々……。
なぜ沖縄戦で、12万人とも15万人とも言われる住民が殺されなければならなかったのか。
今日まで重荷を背負って生きている沖縄の人々のことを忘れている日本人。日本の繁栄が沖縄を「捨て石」として成り立っていることへの無自覚、無関心こそが今、最も問われなければならないのではないのか。
沖縄にとってカシミールの「地震」は米軍基地であり、沖縄は無数の「地震災害」に襲われてきた。昨年8月、沖縄国際大学キャンパスへの米軍ヘリ墜落はその一例に過ぎない。
米軍基地があるがゆえに、常に危険と隣り合わせに生きていかなければならない沖縄の人々。その沖縄に米軍基地の75%を押し付けている、このニッポンとは一体、どういう国なのか。
政府は「沖縄の基地負担を軽減する」とよく口にする。しかし、私は昨年1月から沖縄へ来て思うことは、永田町や霞ヶ関のそれらの論は机上の安全保障論議であり、文字通り「机上の空論」としか思えてならない。
また、そのことにまったく注目しないのが本土のメディアである。基地問題における沖縄と本土との、この温度差は一体、どこからきているのか。
沖縄に対する日本のメディアの無関心、無自覚は普天間移設をめぐる在日米軍再編協議でも露呈した。日本側はキャンプ・シュワブ内陸案を主張。それに対して、米側は辺野古浅瀬案を主張している。しかし、県民の大多数は県内移設の両案には反対。県民は県外移設を求めているのに、そうした声は本土のメディアから全然、聞こえてこない。
地震被災者の救援に当たるため、政府はカシミールへ救助隊や日本赤十字社の医師・看護師を派遣した。人道的立場から当然だろう。しかし、ちょっと待てよ。もっと大事なものを忘れてはいけない。日本の「カシミール」は沖縄であることを。(05/10・11記)

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2005年11月07日

米海兵隊員フィリピンで女性暴行

小泉首相はアロヨ大統領を見習ったら?
フィリピンで行われた米比合同軍事演習に参加していた米海兵隊員5人が、22歳のフィリピン人女性を強姦したとして告訴されたという(「沖縄タイムス」05/11・5)。
今月1日夜、車内に乗せられ、暴行を受け、路上に放置された何とも恐るべき暴行事件だ。しかも事件を起こした米海兵隊員は沖縄キャンプ・ハンセンに司令部を置く第三一海兵遠征部隊(31MEU)所属。この31MEUは歩兵、砲兵、軽装甲戦闘車、攻撃・輸送ヘリなどとともに約3千人規模の部隊を編成。いわゆる「殴り込み部隊」だ。
それだけに県民にとっては、いつまた同様の事件に巻き込まれるかも知れないという不安と怒りを募らせているのは当然のことだ。人間とは思えない、この卑劣で悪質な行為はまさに犯罪そのもの。絶対に許してはならない。
今回の事件は10月中旬から始まった米比合同軍事演習が終わった直後に旧米海軍基地跡のスービック自由経済特区周辺で起きた。要するに、こうした犯罪は演習を積むほど暴力性がむき出しになり、凶暴化するのだろう。
5人は演習終了後、長崎県佐世保を母港とする強襲揚陸鑑エセックスで帰還予定だったが、告訴を受けて乗船を禁じられているという。
この非情な犯罪に対してフィリピンの女性団体は抗議行動を起こした。またアロヨ大統領も適正な国内法の執行を指示し、米兵の身柄引き渡しを要求しているという。
もし、同様の事件が沖縄で起こった場合、日本の首相は果たして米兵の身柄引き渡しを要求するだろうか。もちろん、身柄引き渡しを阻むものは地位協定にあるのだが、この彼我の落差は一体、どこから来ているのか。
10年前、沖縄で起きた米兵3人による暴行事件を思い出す。そのときも一国のリーダーたる首相は何の行動も起こさなかったではないか。そう考えると、この事件を決して対岸の火事とみてはならない。
こうした事件が起こるたびに米軍は綱紀粛正や再発防止に努めると言う。しかし、言えば言うほど、むなしい響きが聞こえるだけだ。彼らには綱紀粛正や再発防止という意識はないらしい。要するに、軍隊と住民が一緒に生活することは無理ということだ。
その第三一海兵遠征部隊(31MEU)のヘリコプター計20機が11月6日午前9時すぎ、休日の静寂を破り、米軍普天間飛行場に次々と帰還した。また名護市のキャンプ・シュワブには午前8時半すぎ、計10台の水陸両用車も帰還した。
静かに暮らしたいのに、いつまた起こるかも知れない不安と恐怖――米軍の行動を監視したい。(05/11・6記)

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2005年10月18日

「まつり」の上空を米ヘリ旋回

住民感情逆なでする「よき隣人」
またもや米軍の無神経きわまる行動が露呈した。一体、米軍には民間地域に住む人々への配慮というものがあるのだろうか。
16日の日曜日、うるま市みどり町で開催された「第一回うるま市具志川まつり」会場と周辺の住宅密集地上空で米軍普天間基地所属の攻撃ヘリ、AHIスーパーコブラ2機が計約4時間にわたり低空旋回飛行を続けた。
旋回飛行が確認されたのは午前10時半ごろから午後1時半ごろと、3時ごろから4時すぎまでの2回で、同市天願のキャンプ・コートニーを中心に、約1分半周期で会場上空を何度も横切る格好で続いたという(「琉球新報」05/10・17)。米軍ヘリが市街地上空で訓練することはこれまでもなかったというのに……。
市民らは不安げに上空を見上げ、「せっかく楽しんでいたのに、祭りが台無しだ」などと憤る。そればかりではない。ひどい爆音でエイサーを披露していた子どもたちの囃子も聞こえなかったという。
その上、米軍ヘリが、いつ墜落するかも知れないという不安と恐怖を長時間にわたって味わわされたのだ。そのことを考えると、市民だけでなく、誰もが憤って当然だろう。しかも、この攻撃ヘリAHIは過去に墜落事故を起こしていたというではないか。
現に、上空を旋回飛行していたAHIは今年9月、佐世保で墜落した自衛隊ヘリと同型のもの。住民がおびえるのも無理はない。
この日は日曜日。なのに、なぜ訓練をするのか。まるで占領意識丸出しの行動ではないのか。
同まつりには例年、2日間で延べ12万人が訪れるという。そんなまつり会場の上空を、戦車を貫通するほどの威力を持つ機関砲を搭載したAHIが低空飛行訓練を実施するのだから、住民はたまったものではない。
うるま市の講義を受け、キャンプ・コートニーとキャンプ・マクトリアスのチャールズ・スチャウプ副司令官は同日午後8時半ごろ、まつり会場を訪れ、知念恒男市長に謝罪した。謝罪は当然だが、しかし謝って済む問題ではない。
実は、この副司令官は前日、まつりに来ていたという。ならば、ここが会場、住宅地であることを知っていたはずだ。なのに、なぜ、低空飛行訓練するのか。
沖縄県民は基地に反対しながらも、米兵のまつりへの参加は容認してきた。「反基地」ではあるが、「反米」ではない。しかし、今回の飛行訓練は寛大な県民の心を踏みにじるものだ。
米軍は日米地位協定で守られているからといって、やりたい放題では困る。「よき隣人」になりたい、というのであれば、地域住民への配慮は当然ではないのか。(05/10・17記)

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2005年10月16日

銃口向けたキンザー基地訓練

無神経極まる異常な行動
迷彩服で身を固め、肩にはライフルをさげている。それだけでも人間は不気味な気分になる。ましてや、たとえ銃に弾丸が入っていないとしても、銃口を向けられたとしたら、どんな気持ちになるだろう。
14日午前9時半ごろ、浦添市屋富祖の国道58号バス停留所に隣接する米軍キャンプ・キンザー内で、海兵隊員がライフル銃を国道58号に向けた訓練が行われていたことが通行人の目撃で分かったという(「琉球新報」05/10・14)。
目撃した人の話では「基地フェンスから約30㍍離れた地点で30~40人ほどの米兵が円陣を組み、外側に向け、横ばいになって銃を構えていた。兵士の半分は銃口を国道側に向けていた」と話していたという。
無神経極まる恐るべき行為だ。地域住民に対する人権は、一体、どうなっているのか。その配慮のかけらもないのではないのか。
筆者もよく国道58号を車で走るが、国道を挟んで住宅・商業施設と向き合う形で広がっている同基地は、訓練とは無縁の物資貯蔵施設というのが住民の一般的な認識である。というのに、そこへ銃口を向けるとは、言語道断。
しかも、問題はこうした訓練をするとき、事前に日本政府や県に告知することになっているはずなのに、何の告知もない。住民からの知らせによって公になったことこそ問題ではないのか。
在沖米海兵隊報道部は、護送作戦訓練で海兵隊全般で行われる通常の訓練だと釈明しているという。冗談ではない。国道から通行人の丸見えの銃口訓練が通常、行われている訓練だとすれば、住民はたまったものではない。
常軌を逸した米軍のこうした行動はこれまでもたびたび発覚している。嘉手納町役場付近でおびただしい白煙を撒き散らし、激しい爆音で住民を恐怖に陥れた即応訓練は8月末のことであった。
沖縄自動車道では、大型車両を往復させる無通告の訓練の果てに、一般車両と衝突事故を起している。そのほか、金武町における都市型戦闘訓練施設周辺での原野火災など数えたらきりがない。
国道58号沿いの歩道からは、訓練の様子が丸見え。大勢の米兵が銃を携行して集まっている光景は異常だ。普通の生活を望んでいる住民にとっては、「戦場」そのものと映ったに違いない。
米軍には基地と民間地域を峻別する能力はなく、やりたい放題。住民に不安を招くような訓練、行動はやめるべきだ。その暴挙に対して政府も米側に抗議すべきだ。(05/10・16記)

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2005年10月07日

オスプレイ配備


懸念される基地機能の強化・固定化
米海兵隊は次期主力機となる垂直離着陸機「MV22オスプレイ」を2012年に普天間飛行場に24機、配備する計画という(「琉球新報」05/10・7)。
オスプレイは現在、普天間に配属されているCH46、CH53ヘリに比べて、速度や航続距離、輸送能力など全ての面にわたって優れている最新鋭機だ。しかし、懸念されることが多々ある。
空中給油した場合、航続距離は約1500㌔、最高時速は約570㌔でCH46より航続距離で5倍に伸び、速度は2倍に、積載量は約3倍に増えるという。性能が向上することで戦闘能力は飛躍的に伸びることは、基地機能の強化・固定化につながることを意味する。
さらに懸念されることは、オスプレイによる騒音は既存機より大きい上、試行飛行で墜落死亡事故が連続して発生していたこと。安全性は必ずしも確保されているとは言い難いのだ。
住宅地に囲まれている普天間飛行場にオスプレイが配備されるとなると、住民の危険性はさらに増大し、さらなる騒音公害に悩まされることは必至。いまでも騒音による健康被害を訴え、裁判が続いているのに……。
住民のそうした危険性から身を守るため普天間飛行場の県外移設を急いでいるのは、そのためだ。そこへ新たな負担を強いるオスプレイの配置は決して県民から容認されることは、まずあり得ない。
なのに、2005年米会計年度の「海兵隊航空計画」では、13年末までに普天間ヘリ部隊にオスプレイを配備し、現在、配備されているCH46中型ヘリとすべて交代させるというのだ。これでは13年の時点で普天間飛行場が存在するということだ。まずはじめに「普天間飛行場ありき」とは、とんでもない話だ。
市民が安心して暮らせる環境をつくるために日米両政府は普天間返還移設に合意したはずだ。それに真摯に応えるのが筋である。県内移設が無理であることは県民の約8割の声が証明している。
普天間移設の「着地点」をどこに見つけるのか。問われているのは、日米両政府であり、地位協定のあり方である。日本の安全保障の上から考えれば、沖縄県民だけの問題にするのではなく、全国民がともに考える重要なテーマである。(05/10・7記)

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2005年10月01日

米兵降下訓練

「占領者」意識による差別
伊江村の畑に米軍のCH46型ヘリからパラシュート降下訓練中の米陸軍兵3人が降下した。目撃した人の話によると、CH46型ヘリは2機編隊で島の北側から補助飛行場に向かい、そのうちの1機から8人がパラシュート降下した。その中の3人が北風に流されて、基地フェンスの外の畑に降りたという(「琉球新報」05/9・30)。
米兵3人が降下したのは、島の西側にある伊江島補助飛行場の滑走路南側の基地フェンスから150~300㍍離れた畑。米兵の1人は、農地を耕していたトラクターから約20㍍という至近距離に降下した。
幸い、降下地点にいた農作業中の村民にはけがはなかったものの、もし村民に激突していたらと思うと、ゾッとする。強風下での降下訓練は村民への危険性が高いだけに、やめるべきだ。
しかし、驚くことに米兵は徒歩で畑を立ち去り、フェンスを越えて基地内に入っていったというのだ。村民に謝るのでもなく、平気で立ち去る、この無神経さにただ唖然とする。米兵は、村民が日常的にその場所で農作業していることを知っているのに、何の反省の色もない。軍人というのは、人間を人間と思わないものなのだろう。
少なくとも、降下訓練の失敗を村民に説明するのが社会の常識であり、人間の道と思うのだが、米兵にはそんな感覚はないようだ。これは明らかな“情報規制”である。
昨年8月の沖縄国際大学ヘリ墜落事故の米軍による不当な占拠、証拠隠滅……。現場検証を一切拒否し続け、周辺一帯を厳重に封鎖したことは記憶に新しい。今回のパラシュート降下事故も、本質的にはまったく変わっていない。村民に対して何の説明もなく、“情報規制”を敷いているのだから。
まさに、これは米側の一方的な裁量による「情報統制」であり、米軍の「占領者」意識による差別であり、「民主主義における少数者」の切り捨てである。日米地位協定やそれまでの日米合意に照らして明らかな越権行為であろう。
大城勝正村長は、那覇防衛施設局に対し「人身や物損への被害はなかったが、危険だった」として、原因究明や再発防止を米側に申し入れるよう求めたという。しかし、それに対する踏み込んだ議論が聞こえてこない。
「占領者」意識と差別意識によってねじ伏せられることの屈辱と嫌悪は、実際に体験した村民にしか分からないだろう。これはもはや「基地問題」というより、身体レベルの問題である。
その意味でも早急に事故の原因を調査すべきである。それが再発防止につながるのだから。(05/9・30記)

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2005年09月27日

普天間のシュワブ内陸案 

「民主主義における少数派」切り捨て
在日米軍再編に伴う普天間飛行場の移設問題で、暫定的統合を考えていた嘉手納基地を断念し、名護市のキャンプ・シュワブ内陸部へ移設する案が浮上しているという。
この案は滑走路を1300―1500㍍程度に短縮する計画で、移設までの期間は現在の辺野古沖移設案の半分以下の「5年以内完結」を目指すもの。しかし、地元からは「危険だけを押しつけ、何のメリットもない」と猛反発の声があがっているという。
そもそも普天間飛行場の返還を日米が合意するに至った背景には、人口が密集する市街地の上空を米軍ヘリが飛行することにあった。市街地の上空を旋回すれば、いつ落ちるかもしれない米軍ヘリの危険性があり、住民の生活に影響を及ぼすからだった。
しかし、今回のシュワブ内陸案も、その本旨からいえば、明らかに矛盾している。近くに瀬嵩や久志、潟原の集落があり、その上空を飛行すれば、騒音の影響は避けられないばかりか、生命の安全性も脅かされることは必至だ。
そのほか、北側には久志岳や辺野古岳があり、環境への負荷も懸念される。広大な森林を伐採すれば、赤土汚染も起こるだろう。
こう考えると、このシュワブ内陸案は普天間を、ただ名護のシュワブに置き換えただけではないのか。基本的にはなんら変わっていないのである。
米軍再編をめぐる政府の中間報告が10月にも提示される予定という。しかし、県民の意思とかけ離れた、こんなシュワブ内陸案を考えつく政府の感覚を疑わざるを得ない。
筆者は昨年1月、沖縄に居を構えて思うことは、永田町や霞が関の論は冷房の効いた部屋の机上で進められている安全保障論議であり、文字通り「机上の空論」に思えてならない。
県内移設はどだい無理な話だ。やはり県外・海外への移設以外に根本的解決はないと知るべきだ。
たとえば、沖縄の米軍基地は県土面積の10・4%なのに、アメリカの場合は全国土の1・1%。また、国内にある米軍基地の75%を沖縄に押し付けているニッポン。狭い沖縄とアメリカ・日本との、この落差は何を意味するのか。これはまさに、「民主主義における少数派」の切り捨てではないのか。
また、日本の繁栄が沖縄を“捨石”として成り立っていることへの、永田町や霞が関の無自覚、無定見、無関心……。これこそが最も問題ではないのか。
これ以上、沖縄に基地負担を押し付けてはならないというのが、大半の県民の意思である。その意思を尊重しないかぎり、普天間移設問題は永遠に解決しないだろう。(05/9・27記)

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2005年09月26日

「都市型」早朝抗議終了

基地と対峙する終わりの始まり
金武町の米軍キャンプ・ハンセン「レンジ4」の都市型戦闘訓練施設の移転に日米両政府が正式合意したことを受け、伊芸区の住民は24日午前、ゲート前で約1年3カ月間にわたって続けてきた早朝抗議行動に終止符を打ったという(「沖縄タイムス」05/9・25付)。
なぜ、終了なのか。池原政文区長は言う。
「直接の理由は、日米両政府が『レンジ4』と呼ばれる演習区域内にある都市型施設を、民間地域から離れた既存レンジに移設することで合意したからだ。しかし、住民の疲れは著しく、これ以上の継続はマイナスが大きいと判断した。早朝抗議の参加者には70代、80代のお年寄りも多数おり、闘争の長期化で体を壊す人も相次いでいる。このままさらに数年間も継続するのは現実的には難しい」
正しい判断だろう。体を壊したのでは本末転倒だ。しかし、人口約900人の小さな集落で、486日間、延べ2万5千人が参加した行動の意義は大きい。鉢巻きを締め、プラカードを持ち、日米両政府という権力と対峙してきた行動についてだ。
たとえ小さな運動でも、強い意志を持ち、粘り強く続けていけば、大きな山を動かすことができることを、住民は理屈抜きで証明してくれたのだ。
筆者も数回、伊芸区を訪れ、数人に取材したことがある。米陸軍の車両をチェックできる監視台にのぼり、米軍の訓練施設を見たことも。その施設は住宅地から300㍍、沖縄自動車道から200㍍しか離れておらず、いつ流れ弾が飛んでくるか分からない恐怖感に襲われたことも……。
池原区長の母親はこう語っていた。
「昔、我が家の屋根にも流れ弾が飛んできたことがあるんですよ。駐車場には玉が転がっていたことも……。なぜ、自分たちだけが危険にさらされなければならないのか。国にもっと声を届けないといけない。孫たちのためにも……」
早朝抗議行動が終了したとしても、伊芸区から危険が去ったのではない。移設完了まで最低でも2年半はかかる。その間、米軍は現在の施設を使い続ける。危険な訓練塔からの射撃も不可避だ。当分の間、流れ弾の恐怖にさらされる生活を余儀なくされるのだ。
米軍優先の日米地位協定が、いかに住民の生活を脅かしているか。これは生命と安全に関わる重大な人権侵害であり、日本の安全保障政策への疑問である。お年寄りの健康を考えて、これで早朝抗議行動は終わるかも知れない。
しかし、生活と生命の安全が脅かされ続ける限り、戦いは終わらない。さらに反対の意思は強まったといえる。基地と対峙する終わりの始まりだ。(05/9・26記)

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2005年09月24日

シンポ「米軍再編協議へ向かう沖縄の論理」


普天間移設に合理的根拠なし
シンポジウム「米軍再編協議へ向かう沖縄の論理」(主催=沖縄対外問題研究会、宮里政玄代表)が9月23日、那覇市の沖縄大学で開かれた。パネリストは宮城篤実氏(嘉手納町長)、我部政明氏(琉球大学教授)、比嘉良彦氏(県政策参与、政治アナリスト)、新崎盛暉氏(沖縄大学理事長)の4人。コーディネーターは諸見里道浩氏(沖縄タイムス編集局長)。
我部氏は「米軍再編に関して、この6月以降、普天間飛行場の県内移設案ばかり報道されている。なぜ、県外ではないのか。軍事戦略上、海兵隊の沖縄駐留には合理的根拠はない。そもそも軍事戦略を立てるのは専門家だが、その方向性を決めるのは政治家だ。軍事戦略が政治を決めるのではなく、軍事戦略の方向は本来、政治が決めるべきものだ。われわれ県民は普天埋設を考える必要はない。普天間飛行場の閉鎖は日本政府がどういうデザインを描けるかにかかっている。」と指摘した。
普天間飛行場の移設に伴う嘉手納基地への海兵隊ヘリ部隊の暫定統合案について、宮城氏は「暫定的でも町民に迷惑がかかるような苦渋の選択はしない。振興策という餌で釣るならとんでもない話だ。今の最悪の状態をただちに改善してもらわないと、議会や町民に説明できない。嘉手納統合案は暫定でも受け入れられない」と強調した。
再編協議での普天間移設について比嘉氏は「個人的には普天間の危険性除去は県外移設しか方法がない。普天間の早期閉鎖、辺野古の代替施設の建設中止という趣旨には異論はないが、実効性をどう担保するかが課題だ。将来的には海軍力の増強が想定され、原潜や空母寄港などホワイトビーチへの負担増も懸念される」との見方を提示した。
新崎氏は「米側は沖縄の負担軽減を取引材料として日本に同盟関係の強化を求めている。小泉首相が沖縄の負担軽減に言及したのは、その現われ」と指摘した上で、「ベストとしては県外移設という。しかし、なぜベストを尽くす努力をしないのか、が問われなければならない。県内移設に利益を見出している勢力が逃げ道を設定しているのが大きな問題だ。普天間基地即時閉鎖と返還、新基地建設撤回は県内で誰も反対しない。しかしそれが政治的な力になっていないのは、どこに要因があるのか、見据える必要がある」と訴えた。(05/9・24記)

沖縄大学で

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2005年09月23日

普天間爆音控訴審

「米軍の特権」より鮮明に
「60年間爆音に苦しめられているのに、判決理由も述べず、門前払いとは納得いかない」――。
米軍普天間飛行場の周辺住民が米軍機の夜間飛行差し止めや損害賠償などを求めた普天間爆音訴訟で、福岡高裁那覇支部(窪田正彦裁判長)は22日午後、同基地のリチャード・ルーキング前司令官への請求を棄却した1審判決を支持、原告らの控訴を棄却した、その訴訟団の声だ(「琉球新報」05/9・23)。
普天間爆音訴訟というのは米軍機の爆音被害に悩む米軍普天間飛行場周辺の住民404人が2002年10月、日本政府と同基地のリチャード・ルーキング司令官(当時)を相手に、米軍機の夜間飛行差し止めや総額6億3000万円余の賠償金を求めて提訴したもの。
司令官の個人責任の追及を突破口にして、米軍からの被害救済の道を探るために基地司令官を提訴したのは全国の爆音訴訟で初めて。本来、基地が正当で必要と考えるなら、出廷して主張し、問題点を議論すべきなのに、リチャード司令官は1度も出廷せず、今年6月に離任したのである。
昨年8月の沖縄国際大学ヘリ墜落事故で普天間飛行場周辺の危険性が改めて浮き彫りになって以降も、騒音被害を指摘し続ける住民は多い。基地の近くに住み、騒音に悩まされている住民にとって裁判所は最後の望み。
なのに、反論もなく一方的で、しかも判決理由の説明もなく、わずか数十秒の主文「請求を棄却する」を言い渡しただけで終了したのである。被告の現実を見ないまま実質審理もせず棄却されたことは、まさに独立国家の司法ではなく、米国いいなりの奴隷司法ではないのか。米軍の特権が、より鮮明になったといえる。
日米地位協定の中で、司令官の責任が問えるかという最大の争点に踏み込まないとすれば、基地被害をどこに訴えればよいのか。日本は三権分立なのに、結局、裁判所は国民を守ってくれないのだ。
本件訴訟の特徴は、前述のように日米両政府以外の、米軍司令官個人を被告として損害賠償を請求している点にある。新横田訴訟では米政府を被告に加えたが、「国際法上の原則から外国の政府を自国の裁判では裁けない」という主権免序論で門前払いにあった。
そのために基地司令官を被告にしたのは、騒音公害という違法行為の野放しの状況を打開するための原告側の工夫と知恵であった。
そこで訴訟団は1審で示さなかった地位協定上の米軍人の個人責任に対する裁判所の見解を求めたのである。
窪田裁判長は「地位協定は少なくとも、米軍の構成員個人への請求を否定してはない」との解釈を示した一方、「積極的に個人責任を認める規定も存在しない」とも示し、一応、地位協定に触れた。しかし、国内法の解釈上、司令官個人は損害賠償責任を負わないとしたことは、単なるリップサービスと受け取られても仕方ないであろう。
爆音というこの違法行為における米軍人の個人責任を法律の上で明確化し、歯止めの効かない騒音被害に対して新たな司法救済の道を切り開く狙いがあったのに、司令官の責任を否定した今回の控訴審判決はその可能性を狭めたともいえる。
沖縄は法の及ばない植民地なのか。いつまでも爆音を我慢せよ、というのか。これまでの訴訟は、日本政府が賠償を“肩代わり”したのみで、うるささの実態はなんら変わっていない。
イラク派兵のヘリ部隊が帰還した4月以降、普天間飛行場での訓練は増加の一途をたどっている。最近は騒音防止協定で規制された夜間・早朝の離着陸も頻繁に行われている。
およそ地位協定は国家間の合意であり、また軍隊が他国の主権の下に駐留するというもの。なのに、沖縄に駐留する米軍は時間帯や区域を守らずに、やりたい放題。夜間も爆音をとどろかせて、訓練を繰り返している。普天間の住民の生活が脅かされている、こうした事態は決して許されるものではない。(05/9・23記)

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普天間爆音訴訟―福岡高裁

住民の苦悩、また届かず
「60年間爆音に苦しめられているのに、判決理由も述べず、門前払いとは納得いかない」――。
米軍普天間飛行場の周辺住民が米軍機の夜間飛行差し止めや損害賠償などを求めた普天間爆音訴訟で、福岡高裁那覇支部(窪田正彦裁判長)は22日午後、同基地のリチャード・ルーキング前司令官への請求を棄却した1審判決を支持、原告らの控訴を棄却した、その訴訟団の声だ(「琉球新報」05/9・23)。
普天間爆音訴訟というのは米軍機の爆音被害に悩む米軍普天間飛行場周辺の住民404人が2002年10月、日本政府と同基地のリチャード・ルーキング司令官(当時)を相手に、米軍機の夜間飛行差し止めや総額6億3000万円余の賠償金を求めて提訴したもの。
基地司令官を提訴したのは全国の爆音訴訟で初めて。しかし、リチャード司令官は1度も出廷せず、今年6月に離任したのである。
昨年8月の沖縄国際大学ヘリ墜落事故で普天間飛行場周辺の危険性が改めて浮き彫りになって以降も、騒音被害を指摘し続ける住民は多い。基地の近くに住み、騒音に悩まされている住民にとって裁判所は最後の望み。
なのに、判決理由の説明もなく、わずか数十秒の主文言い渡しだけで終了したのである。これでは基地被害はどこに訴えればよいのか。日本は三権分立なのに、結局、裁判所は国民を守ってくれないのだ。
本件訴訟の特徴は、日米両政府以外の、米軍司令官個人を被告として損害賠償を請求している点にある。騒音公害という違法行為の野放し状況を打開するための原告側の工夫であった。
そこで訴訟団は1審で示さなかった地位協定上の米軍人の個人責任に対する裁判所の見解を求めたのである。
窪田裁判長は「地位協定は少なくとも、米軍の構成員個人への請求を否定してはない」との解釈を示した一方、「積極的に個人責任を認める規定も存在しない」とも示し、一応、地位協定に触れた。しかし、国内法の解釈上、司令官個人は損害賠償責任を負わないとしたことは、単なるリップサービスと受け取られても仕方ないであろう。
爆音というこの違法行為における米軍人の個人責任を法律の上で明確化し、歯止めの効かない騒音被害に対して新たな司法救済の道を切り開く狙いがあったのに、控訴審判決はその可能性を狭めた。ということは、爆音をいつまでも我慢せよ、ということに等しい判決ではなかったのか。
およそ地位協定は国家間の合意であり、また軍隊が他国の主権の下に駐留するというもの。なのに、沖縄に駐留する米軍は時間帯や区域を守らずに、やりたい放題。夜間も爆音をとどろかせて、訓練を繰り返している。普天間の住民の生活が脅かされている、こうした事態は決して許されるものではない。(05/9・23記)

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2005年09月21日

嘉手納基地移駐

「自衛隊機着陸できず」危惧が現実に
那覇空港の滑走路改修工事に伴う、米空軍嘉手納基地への自衛隊機の一時移駐が20日午前、始まった。しかし、航空自衛隊のF4ファントム戦闘機4機は那覇空港から嘉手納基地へ向かったが、そのうちの1機が油圧系統の異常のために着陸できず、那覇空へ引き返したという(「琉球新報」)。
問題の第1は、嘉手納町議会が15日の9月定例会本会議で、自衛隊機の一時移駐に反対する抗議決議と意見書を可決したばかりなのに、それを無視して一時移駐を強行したこと。第2は、F4ファントム戦闘機は古く、過去にもいろいろな問題を抱えていたこと。当然、想定されていた事態であり、危惧したことが現実になったわけである。
嘉手納基地は過密な運用状況を繰り返しており、住民は常に生命の危険性に脅かされている。そればかりではない。米軍機による騒音公害は日常生活に大きな影響を与えていることを考えれば、自衛隊機の一時移駐とはいえ、地元住民の心を踏みにじる行為であり、決して許されるものではない。
今でも米本国からの演習飛行で、早朝からの離陸など米軍の安全を優先した地元の生活破壊が起きている。米軍機も事故を起こしており、いずれ大きな事故を招く危険性がある。「改修工事に伴い、一時移駐は致し方ない」と宮城篤実嘉手納町長は言うけれども、それはまさに、致し方ない「偽りの民主主義」ではないのか。
那覇市議会も全会一致で、「自衛隊機の嘉手納基地移駐」に反対の決議をしたという。この声はまだ小さな声かもしれないが、こうした輪が広がることによって、沖縄問題がもっと大きくクローズアップされることは間違いない。
県民はもっと反対の声をあげるべきだろう。問われているのは、民意を無視した自衛隊の行動であり、直接民主主義のありかではないのか。(05/9・21記)

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2005年09月17日

都市型訓練施設の移設

完成まで2年半、暫定使用は中止せよ
金武町のキャンプ・ハンセン内の射撃場・レンジ4の陸軍都市型戦闘訓練施設の移設先について日米合同委員会は9月15日、東側に約2・5㌔離れ、民間地域から離れたレンジ16近くの別の既存の射撃場=金武町金武=とすることで合意したという(「琉球新報」05/9・16)。
現在、行われているレンジ4は地元・金武町伊芸区から300㍍ほどの目と鼻の先にあり、それと比べれば、安全性は高まるかもしれない。しかし、懸念がなくなったわけではない。施設を移