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御焼香・法事「
お供えする品
・ チャーシ・ウブシ(一つ)
・ ミンヌク(二つ 小皿)
・ 盛御茶請(二つ 小皿)
・ カラス小(アイの小魚―二つ―七尾)
・ アシーヌ・ウブンダテ
・ 果物(二組―盛合せ)
・ 十二合盛合せ(二組)
・ 白マンジュウ(十五個)
・ コンペン(十五個)
・ 四十九ヌ骨餅(御魂餅)
・ 豚の皮顔(地域によって違う)
・ グワン・ジン(豚肉、レバー、豚の尾を合せて一盛りにして豚一頭としてみたてる)
四十九日法事の骨餅
骨餅とは四十九日の御魂の餅のことです。その中で一つだけ大きな大きな頭餅があり、お供えする時、天に(上)盛ります。これは人間の体を支える骨格を大きく分けて数えられた遺体の代用ということです。
あの世へ生を受けせせるために必要な御魂の餅ということです。
骨 餅(49個の餅) 四十九日の供物
(地域によって多少の違いがあります)
百ヵ日の御焼香
四十九日の御焼香の後は「百ヵ日」の御焼香となります。
死者は長い道中をしっかり歩めと「四十九日」の「薬師仏」に押し出され、その後、迎えてくれるのが百ヵ日の「観世音菩薩」なのです。肉体から離れた霊魂があの世で迷わないことを御願いするものです。
百ヵ日までの霊供膳を供える
通夜から百ヵ日まで霊供膳をお供えする家庭もあります。一日三回、故人の好物を仏前に御供えします。
いろいろな事情で、時間がとれないときは、自分の食事をお供えして、『ウートートゥー』してからウサンデーしても立派な霊供膳といえます。
若焼香
一年忌、三年忌、七年忌、十三年忌までは若焼香と称して、死者の成仏の追善供養を執り行います。
一般的には、一年忌は盛大に親族、友人、知人が参列して御焼香が執り行われます。
三年忌は一年忌より招く人数も減り、規模もやや小さくなります。さらに七年忌、十三年忌と御焼香を重ねるに従って規模は小さくなっていきます。ただし、家庭によっては若干の違いがあります。
一年に一度のショウツキメイニチ祥月命日とは
一年に一度、その人の亡くなった月日に執り行う命日のことを「祥月命日」といいます。
例えば、百ヵ日・一年忌・三年忌・七年忌・十三年忌・二十五年忌は別として、その間の年忌に身内だけで墓参りしたり、仏壇に花、故人の好きな食べ物をお供えして、普通の焼香をします。
一年忌の法事 (満一年目の命日)
一年目の命日に「一年忌の法事」を執り行います。昔は『一年忌の法事』を大事な供養と考えていました。
他の年忌焼香と重ねたり、何人分かの焼香とまとめて執り行うことを嫌ったようです。
※ 詳しくは経験者もしくは霊能者と相談することが賢明です。
三年忌の法事(満二年目の命日)
三年忌の法事は、満二年目の命日になります。死者が仏になるための修行の道に入っていく入口にあたるといわれているようです。三年忌は一年忌より招く人数も減り、規模もやや小さく執り行うこともあります。
七年忌の法事 (満六年目の命日)
七年この法事は、満六年目の命日にあたります。三年忌の法事と同様に墓参りをして、門中一族、友人、知人を招いて追善供養します。昔は七年忌の法事までは、他の法事と重ねて執り行うことが許されていませんでした。
現在は地域や家庭によっても取り扱い方が違うようです。
十三年忌の法事 (満十二年目の命日)
十三年忌の法事は、十二年目の命日にあたりますが、これで「若焼香」の終了になります。また、地方によっては十三年忌の法事で追善供養をすべて終わることもあります。それ以降は、お盆、お彼岸などの先祖供養は普通の仏事で行います。
二十五年忌の法事 (満二十五年目の命日)
三十三年忌の法事 (満三十三年目の命日)
二十五年忌、三十三年忌は、死者に対するこれまでの公式仏事も立派に執り行い、これで死者も立派に極楽住生の霊界に入れると信じられています。また『メェーウガミ』と称して、玄関の戸口の前に「七ッ御膳」を組立て大宇宙の神々への祈願になります。この御拝みのことを「トハシルフウガミ」といいます。
※詳しくは経験者と相談することが賢明です。
生前に功徳を積めば遺族の追善供養(追試験)もいらない
那覇・首里―南部―中部方面では、一般的に三十三年忌の「終い焼香」まで執り行います。ところが、ある地域では「四十九日の法事」あるいは十三年忌で終わるところもあります。ある離島では、葬式からつづいて三日間で「三十三年忌」までの供養すべてを執り行います。いずれにしても、土地の習風として定着したもので、早く切り上げたからといって、死者が成仏できないということではもちろんないはずです。生前に功徳を積む以外に成仏の道はありません。だから、生きているうちに仏道修行に励み、死して潰された子孫の守護神となるべくつとめなければなりません。また、潰された遺族は、死者になり代わって功徳を積み上げていると考えることです。これが追善供養の真の意味なのです。
形式にこだわり、惜しみなく金をかけて法事を行えば立派な追善供養になるという昨今の考え方は、ぜひあらためてほしいものです。生きている間に、自らの功徳を積むことこそが立派な追善の一つになるのです。
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