
那覇市の高台にある首里城は歴代国王の居城であり、尚巴志(しょうはし)が北山・中山・南山の三山を打ち破って琉球を統一した1429年から1879年まで、実に450年に渡って琉球王朝の中心として隆盛を誇りました。首里城の入口である守礼門が2千円札のデザインにも使われ、日本を代表する建造物のひとつです。 |

真っ赤な外観が美しい首里城は県内最大のグスクで、琉球王朝の隆盛の象徴です。空港や国際通りからモノレールで行けるので、那覇市内からアクセスも便利です。歓会門・瑞泉門・漏刻門・広福門・奉神門も首里城公園内内にあります。 |

首里城公園管理センター
TEL:098-886-2020
ゆいレール首里駅行き終点「首里駅」下車15分 |

首里城のすぐ近くにある玉陵は、第二尚氏(だいにしょうし)王統歴代の陵墓です。第三代王・尚真(しょうしん)の命で、父・尚円(しょうえん)の遺骨を密葬地から移動する際に作られたといわれています。

王朝の陵墓として築かれた玉陵ですが、その形式は後に庶民の墓のデザインに受け継がれていきます。町中で見ることができる様々なお墓と見比べてみましょう。

玉陵管理事務所
TEL:098-885-2861 |

那覇市の首里城から2kmほど離れた場所に広がるのどかな識名園は、1800年に中国の使途・冊封使(さっぽうし)を接待するために作られました。広大な庭園で、園内では様々な琉球建築を見ることができます。

首里城から程近いところにある識名園は、至る所に常夏の沖縄においても四季の移ろいが感じられるよう、涼しげな工夫が見られます。首里城と合わせてご観光ください。

識名園管理事務所
TEL:098-855-5936 |

園比屋武御嶽は、守礼門の後方左手にあり、国王が外出する際に道中の安全を祈るための祈願所でした。力強い石門は、尚真王の時代に八重山竹富島の石工・西塘によって造られました。

園比屋武御嶽は、沖縄に伝わる巡礼ルートである東御廻り(アガリウマーイ)や、お新下り(おあらおり)の最初のポイントです。他の拝所と合わせてお訪ねください。

那覇市教育委員会文化財課
TEL:098-853-5776 |

斎場御嶽は本島南部の知念村にあります。琉球随一の霊所として有名で、最高神女・聞得大君(きこえおおぎみ)の即位式(御新下り=おあらおり)が行なわれた場所としても知られています。

巨大な岩が重なり合った斎場御嶽では自然の偉大さと、霊的なエネルギーの強さを感じることができます。平和記念公園などと合わせて南部観光をお楽しみください。

知念村教育委員会
TEL:098-948-1149 |

中城城跡は本島中部の中城湾を見渡す高台にあり、地形を活かした歪曲した造りがとてもユニークです。名将護佐丸(ごさまる)の居城として名高く、建築方式には中国や朝鮮の影響が見られます。

1853年に黒船でペリー提督一行が沖縄に立ち寄った際、中城城を測量して、その琉球石灰岩を使った城壁に感嘆したと言われています。

中城城跡共同管理協議会
TEL:098-935-5719 |

2005年に新しく石川市・与那城町・勝連町・具志川市が合併してできた、うるま市に位置するこの勝連城跡は、海外交易が盛んになった時代のグスクで、外国製の出土品が多く発見されています。

見晴らしのいい勝連城跡は、北は金武湾を囲む山原の山々や太平洋の島々から、南は知念半島や中城湾まで一望することができます。

勝連町教育委員会
TEL:098-978-2227 |

座喜味城跡は本島中部の読谷村にあります。15世紀の始めごろ、建築家として名をはせた護佐丸が築いたグスクで、「あいかた積み」と呼ばれる技法を用いた沖縄特有の曲線美が有名です。

数あるグスクの中でも構造の美しさで有名で、その立地のよさゆえに、北は本部半島、西は慶良間諸島、南は中部地域一帯を見渡せます。

読谷村立歴史民族資料館
TEL:098-958-3141 |

今帰仁城址は琉球王朝統一以前の三山時代に建てられたもので、本島北部の今帰仁町にあります。北山王の居城で、14世紀ごろの築城と言われています。標高100mの高台にあります。

今帰仁城跡は、今帰仁拝み(なちじんうがみ)と呼ばれる沖縄に古くから伝わる巡礼ルートの拠点となっています。
今帰仁城跡管理事務所
TEL:0980-56-4400
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